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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)3490号 判決

原告

山田仁

ほか一名

被告

山本義晴

ほか四名

主文

被告山本義晴及び被告柳田富士男は、各自、原告山田仁に対し、金四九七万二一二円及びこれに対する昭和五一年三月二七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被告山本義晴及び被告柳田富士男は、各自、原告東京紙商健康保険組合に対し、金五八万七〇二円及びこれに対する昭和五一年三月二七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告両名の被告山本義晴及び被告柳田富士男に対するその余の請求並びに被告高久徳弘、被告武藤ミヨ及び被告高久公二に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告山田仁と被告山本義晴及び被告柳田富士男との間に生じた分は、これを二分し、その一を原告山田仁の負担とし、その余を被告山本義晴及び被告柳田富士男の負担とし、原告東京紙商健康保険組合と被告山本義晴及び被告柳田富士男との間に生じた分は、これを五分し、その一を東京紙商健康保険組合の負担とし、その余を被告山本義晴及び被告柳田富士男の負担とし、原告両名と被告高久徳弘、被告武藤ミヨ及び被告高久公二との間に生じた分は、全部原告両名の負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告ら訴訟代理人は、「被告らは、各自、原告山田仁に対し、金一、二七一万三、五二三円及びこれに対する昭和五一年三月二七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告東京紙商健康保険組合(以下「原告組合」という。)に対し、金八三万四、七五九円及びこれに対する昭和五一年三月二七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告高久徳弘、同武藤ミヨ及び同高久公二(以下右被告三名を「被告高久徳弘ら」という。)訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因等

原告ら訴訟代理人は、請求の原因等として、次のとおり述べた。

一  事故の発生

原告山田仁は、昭和四七年五月二五日午後五時四五分頃、東京都足立区古千谷町四丁目九番一八号先赤山街道の交差点を北側から南側に横断中、竹の塚方面(東方)から舎人町方面(西方)に向けて走行してきた被告山本義晴の運転する自家用普通貨物自動車(多摩一ぬ九四八一号。以下「被告車」という。)に衝突され、頭部挫創及び右下腿挫滅創の傷害を受けた。

二  治療経過等

原告山田は、前記受傷により、昭和四七年五月二五日から昭和四八年四月五日まで(三四〇日間)老人病研究所附属病院に入院し、同月六日から同年八月まで実日数で七四日間同病院に通院し、この間七月二三日から東京警察病院にも通院を開始し、同年一一月一五日から同月二七日まで(一三日間)同病院に入院したほか、昭和四九年一一月三〇日まで実日数で一〇日間同病院に通院して治療を受け、なお、老人病研究所附属病院に入院中の昭和四七年一一月二五日から同年一二月二四日まで実日数で七日間高橋マツサージ療院に通院してマツサージ療法を受けたが、自動車損害賠償保障法施行令別表第一一級に相当する右膝及び足関節の拘縮、屈伸及び背・底屈障害の後遺障害が残つた。

三  責任原因

1  被告山本義晴は、被告車を運転して赤山街道を走行中、本件事故現場手前に至つた際、進路右前方約四七メートルの地点のガードレール切れ目付近に佇立していた原告山田を発見したが、同原告の動静を十分注視し、徐行するとともにハンドル及びブレーキの操作を適切にして同原告との接触を避けるべき注意義務があるにかかわらず、これを怠り、漫然走行した過失により本件事故を発生させたものであるから、民法第七〇九条の規定に基づき、本件事故により原告山田等に生じた損害を賠償すべき義務がある。

2  本件事故は、被告柳田富士男及び同高久徳弘の被用者である被告山本が、右被告両名の事業を執行中、前記1の過失により発生させたものであるから、被告柳田及び同徳弘は、いずれも、民法第七一五条第一項の規定に基づき、本件事故により原告山田等に生じた損害を賠償すべき義務がある。

3  被告武藤ミヨは、加害車を所有しこれを自己のため運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠債保障法(以下「自賠法」という。)第三条の規定に基づき、本件事故により原告山田等の被つた損害を賠償すべき義務がある。

仮に、被告車の所有者が被告高久公二であつたとしても、被告武藤は、若年で同一世帯内にあつた被告公二の営む運送業を可能にし、その便宜を図るため、自動車登録及び自動車損害賠償責任保険(以下「責任保険」という。)加入に際して被告公二に自己の名義を貸し、もつて、社会的に被告車を自己の支配管理の下に運行させることを表明し、また、自宅の一室を運送業の事務所として提供し、電話を取り次ぎ、伝言するなどして被告公二の業務に協力し、以上を通じて被告公二が運送業のため被告車を運行の用に供することに協同してきたものであるから、運行供用者としての責任を負うべきである。

4  被告高久公二は、被告車を運送業に使用してこれを自己のため運行の用に供していた者であるから、自賠法第三条の規定に基づき、本件事故により原告山田等に生じた損害を賠償すべき義務がある。

仮に、被告公二が被告車を所有していた者であり、しかも、本件事故当時、既にこれを被告柳田に売り渡していたとしても、被告公二は、その売却代金一〇〇万円の支払を全く受けておらず、後日被告柳田から被告車を取り戻して他へ売却した事実があるから、その実体において、被告車の所有権は未だ被告柳田に移転するに至らず、所有権者たる被告公二は被告柳田に対し被告車の使用を許容していたにすぎないものというべきであつて、被告公二は運行供用者としての責任を免れない。

四  原告山田仁の損害

本件事故により、原告山田に生じた損害は、次のとおりである。

1  治療費

原告山田は、老人病研究所附属病院への前記入・通院治療費として金六三万四、一九〇円、東京警察病院への前記入・通院治療費として金一一万四、四六四円及び高橋マツサージ療院への前記通院治療費として金三、五〇〇円を要し同額の損害を被つたところ、老人病研究所附属病院分及び東京警察病院分の一部合計七二万五、八七八円については原告組合が負担したから、原告山田は、これを除いた金二万六、二七六円を請求する。

2  入院雑費

原告山田は、前記入院期間中諸雑費として一日当り金七〇〇円の割合で三五三日分金二四万七、一〇〇円の支出を余儀なくされ、同額の損害を被つた。

3  付添看護料

原告山田は、前記入院期間中母親山田加代子の付添看護を、また、前記通院に際し同人の付添を受けたから、入院付添看護料相当額として一日当り金二、〇〇〇円の割合で三五三日分金七〇万六、〇〇〇円及び通院付添料相当額として一日当り金一、〇〇〇円の割合で九一日分金九万一、〇〇〇円の合計金七九万七、〇〇〇円を要し、同額の損害を被つた。

4  逸失利益

原告山田は、昭和四一年七月二二日生まれで本件事故当時、五歳の健康な男児であつたところ、本件事故による前記後遺障害のため労働能力の二〇パーセントを喪失したものであり、本件事故に遭わなければ、六七歳に至るまで稼働してこの間年額金一八六万九、三七一円(労働省発行の「賃金構造基本統計調査報告」(以下賃金センサス」という。)昭和四八年度分第一巻第二表旧中・新高卒全年令平均年収額に昭和四九年春闘賃上げ率三二・九パーセントを加算した額)を得ることができたはずであるから、以上を基礎とし、ライプニツツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して同原告の本件事故による逸失利益を算定すると、金七一一万四、三七三円となる。

5  慰藉料

原告山田は、本件事故により約一二か月の入院及び約二〇か月の通院を余儀なくされ、更に、前記の後遺障害が残つたことにより精神的苦痛を被つたところ、これに対する慰藉料は、入・通院分として金一八八万三、〇〇〇円、後遺障害分として金一四九万円が相当である。

6  弁護士費用

原告山田は、被告らが本件事故による賠償金を任意に支払わないため、やむなく、原告ら訴訟代理人に本訴の提起、追行を依頼し、報酬等として請求額の一割に当たる金一一五万五、七七四円の支払を約した。

五  原告組合の請求

原告組合は、健康保険の保険者として、被保険者山田仁の被扶養者である原告山田仁が本件事故による前記入・通院に要した治療費中、老人病研究所附属病院への前記入・通院治療費金六三万四、一九〇円及び東京警察病院への前記入・通院治療費の一部金九万一、六八八円の合計金七二万五、八七八円を保険給付として支出負担したから、健康保険法(昭和四八年法律第八九号による改正前の健康保険法をいう。以下同じ。)第六七条及び民法第五〇〇条の規定に基づき、原告山田が被告らに対して有する右金七二万五、八七八円の損害賠償請求権を取得した。

更に、原告組合は、被告らが右代位取得に係る賠償金を任意に支払わないため、やむなく、本訴の提起、追行を原告ら訴訟代理人に委任し、報酬等として右請求額の一割五分に当たる金一〇万八、八八一円の支払を約した。

六  よつて、被告ら各自に対し、原告山田仁は四項1ないし6の損害金合計金一、二七一万三、五二三円及びこれに対する本件事故発生の日の後である昭和五一年三月二七日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、また、原告組合は、前項の合計金八三万四、七五九円及びこれに対する原告組合が原告山田に対し前項の保険給付をした日の後である昭和五一年三月二七日から支払済みに至るまで前同率の割合による遅延損害金の支払を求める。

七  被告高久公二の主張に対する答弁

被告高久公二の消滅時効の主張は、争う。原告らが、被告公二が本件事故の加害者であることすなわち被告車の運行供用者であることを知つたのは、昭和五〇年(ワ)第三四九〇号事件で同被告の証人尋問がされた昭和五〇年一二月一六日である。

八  被告高久徳弘らの主張に対する答弁

1  過失相殺の主張は、争う。原告山田は、本件事故当時、五歳一〇か月の幼児であり、責任能力も事理弁識能力もなかつたから、過失相殺の適用はない。更に、原告山田の両親に何らかの監督義務違反があつたとしても、被告山本の過失が大きいから、右監督義務違反を斟酌すべきではなく、また、幼児の被害につき、親権者の過失は過失相殺として考慮すべきでない。

2  損害のてん補に関する主張事実は、認める。

第三被告高久徳弘らの答弁等

被告高久徳弘ら訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁等として、次のとおり述べた。

一  請求の原因一項の事実中、原告ら主張の日時及び場所(本件事故現場が交差点であることを除く。)において、被告山本の運転する被告車が原告山田に接触し、その結果、同原告が頭部挫創及び右下腿挫滅創の傷害を受けたことは認めるが、その余は否認する。

二  同二項の事実は、知らない。

三  同三項1ないし4の事実は、いずれも否認する。

被告徳弘は、サラリーマンであつて、運送業を経営したことはなく、被告山本及び同柳田とは一面識もない。

被告武藤は、子である被告公二が、かつて、被告車を購入する際、同被告がいまだ若年であつたため、同被告の依頼を受けて便宜上自己の名義を貸したにすぎず、更に、被告公二は、本件事故前の昭和四六年一二月中旬頃、被告車を被告柳田に対し代金五〇万円の他被告車の月賦代金未払分約金五〇万円を同被告において肩代わりするとの約定で売り渡し、その引渡しを了していたものであり、登録名義の書換えは遅れていたが、本件事故当時、被告車は、被告柳田が所有し、丸高興産の名で営んでいた運送業に使用していたものであるから、被告武藤及び同公二は、被告車に対し何ら運行支配及び運行利益を有していなかつたものである。

四  同四項の事実中、原告山田が本件事故当時五歳の男児であつたことは認めるが、その余は知らない。

五  同五項の事実は、知らない。

六  被告高久公二の消滅時効の主張

仮に、被告公二に損害賠償責任があるとしても、原告らが同被告に本訴を提起したのは昭和五一年三月一二日であるところ、原告らの被告公二に対する損害賠償請求権は、原告らが本件事故により原告山田に生じた損害及び被告公二が加害者であることを知つた本件事故発生日の昭和四七年五月二五日から三年を経過した昭和五〇年五月二五日をもつて、本訴提起前既に時効により消滅しているものである。

七  被告高久徳弘らの主張

1  過失相殺

仮に、被告高久徳弘らに損害賠償責任があるとしても、本件事故発生については、原告山田及びその親権者である同原告の両親にも次のような過失があるから、賠償額の算定に当たり斟酌されるべきである。すなわち、原告山田は、赤山街道を横断するに際し、被告車の対向車に注意を奪われ、被告車の方向の安全を確認することなく飛び出し横断を始め、その結果、被告車の右前部側面に接触したもので、左右安全不確認の重大な過失があり、また、原告山田は本件事故当時五歳の幼児であつたから、同原告の親権者である父親山田仁及び母親山田加代子としては、このような幼児を本件のように交通ひん繁な道路付近で遊ばないよう監督するか、適当な監護者を付き添わせる等の措置を講ずべきであるのに、これを怠り、原告山田を他の幼児と共に交通ひん繁な道路付近に放置して遊ばせていた点において過失がある。

2  損害のてん補

原告山田は、本件事故に関し、責任保険から保険金七五万円の給付を受け、また、被告柳田から賠償金八万円の支払を受けているから、右合計額金八三万円は、原告山田の本訴請求金額から控除されるべきである。

第四被告山本義晴及び被告柳田富士男の答弁

被告山本及び同柳田は、公示送達による呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面をも提出しない。

第五証拠関係〔略〕

理由

(事故の発生等)

一  原告ら主張の日時及び場所(本件事故現場が交差点であることを除く。)において、被告山本の運転する被告車が当時五歳の原告山田に接触し、その結果、同原告が頭部挫創及び右下腿挫滅創の傷害を受けたことは、原告らと被告高久徳弘らとの間では争いがなく、被告山本及び同柳田との間ではその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認めることができるから真正な公文書と推定すべき甲第一号証(被告高久徳弘らとの関係では成立に争いがない。)及び成立に争いがない乙第一号証の一ないし一〇(同第一号証の二中の写真については被告高久徳弘ら主張の写真であることに争いがない。)を総合して認めることができ、右確定した事実に上掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、本件事故現場は、竹の塚方面(東方)から舎人町方面(西方)に通じ、車道幅員が七・三メートルで、センターラインにより片側一車線に区分され、道路両側にガードレールで車道との境を区切られた歩道が設けられている、制限速度時速四〇キロメートルの直線で見通しのよい道路(通称赤山街道)上であること、右ガードレールは草加方面(北方)から入谷新道方面(南方)に通ずる幅員四メートルないし四・三メートルで歩車道の区別のない道路との交差部分では途切れていること、被告山本は、被告車を運転し時速約五〇キロメートルの速度で赤山街道を西進して本件事故現場手前にさしかかつた際、進路前方約四七メートルの北側ガードレールの前記切れ目附近で原告山田を含む三、四名の幼児が佇立しているのを認めたが、右幼児らが被告車進路上を横断することはないものと考えて、前記速度のまま進行を続けたところ、折柄、対向車線を東進してきたライトバンに一時的に注意を奪われ、これとすれ違つた直後、前記ガードレール切れ目から赤山街道を南側に横断しようとして車道内にとび出してきた原告山田を一七・七メートル前方に発見し、急制動をかけるとともに左転把して避けようとしたが間に合わず、道路センターラインから一・四メートル自車線内の地点で同原告に被告車右前フエンダー部分を接触して転倒させ、右前輪で轢過して同原告に前記傷害を負わせるに至つたこと、本件事故当時、原告山田は前記北側ガードレール付近で他の幼児らと遊んでいたものであるが、親権者である両親その他の監護者は付き添つていなかつたこと、及び被告山本は、本件事故当時、被告柳田の個人経営する運送店丸高興産に運転手として勤務しており、その業務に従事中本件事故を惹き起こしたものであること、以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(被告山本義晴の責任)

二 叙上認定の事実関係によると、被告山本は、制限速度を超える時速五〇キロメートルの速度で走行中、ガードレールの切れ目付近に監護者もなしに佇立していた幼児である原告山田らを発見したのであるから、減速徐行するとともにその動静を十分に注視して進行し、もつて、同原告の飛び出し横断に備えるべき注意義務があるにかかわらず、これを怠り、同原告が自車進路上を横断することはないものと軽信して漫然従前の速度で、しかも前方に対する注視を怠つたまま進行した過失により本件事故を発生させたものと認めることができるから、民法第七〇九条の規定に基づき、本件事故により原告山田に生じた損害を賠償すべき義務がある。

(被告柳田富士男の責任)

三 前叙認定した事実によると、本件事故当時、被告山本が被告柳田の被用者であり、同被告の事業を執行中であつたことは明らかであり、本件事故が被告山本の過失により惹起されたものであることは前項認定のとおりであるから、被告柳田は、本件事故により原告山田に生じた損害を賠償すべき義務がある。

(被告高久徳弘らの責任の有無について)

四 次に、被告高久徳弘らの責任の有無につき、以下審究することとする。

1  原告と被告高久徳弘らとの間で成立に争いのない甲第二号証及び乙第一号証の一一並びに証人高久公二の証言並びに被告高久徳弘及び被告武藤ミヨ各本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、(一)被告車は、被告公二が、運送事業に使用するため、昭和四五年四月三〇日頃、多摩三菱ふそう自動車販売株式会社から、代金一八〇万円、支払方法は頭金が金三〇万円、その余の残金は二四回払とし、各期限ごとの約束手形二四通を一括交付し、これを各期限ごとに決済する旨の約定で買い受け、購入当時、被告公二は一九歳の若年で銀行取引もなかつたため、自動車登録の使用者名義及び責任保険の加入名義を同居していた母親である被告武藤ミヨ名義としたうえ、右約束手形も同被告名義で振り出したものであるところ、被告公二は、被告車ほか二、三台の自動車を保有して高久商事の名で運送事業を営んだが、利益が殆んどあがらず、却つて、借金がかさんだため、昭和四六年一一月頃運送事業を廃業するに至り、その保有自動車を全部他に売却し、このうち被告車は、以前知り合つた被告柳田の申し入れにより、昭和四六年一二月半ば頃、代金として一括払として金五〇万円、そのほかに被告車の割賦代金残額約金五〇万円の決済を被告柳田において肩代わりするとの約定で売り渡し、その引渡しをなしたが、当時被告公二において、なお被告車の割賦代金の支払を完了しておらず、約束手形の振出しも被告武藤の名義であつたため、自動車登録名義の書換えは、被告柳田が割賦代金を完済した時点でなすこととしたこと、(二)被告公二は、昭和四五年六、七月頃、被告柳田と知り合い、同業者であることから仕事を都合しあうことはしたが、それ以上の関係はなく、前記のとおり運送事業を廃業し、被告車などの保有自動車を他に売却してからは、被告柳田とは仕事上の関係もなくなり、毎月末に被告車の売買代金(割賦残代金も含めて)の支払の催促に同被告を訪れる程度であつて、本件事故当時、被告車は、専ら被告柳田が小金井市において丸高興産の商号で営んでいた運送事業に使用していたものであり、その頃、被告公二は、高久商事を経営していた当時の残務整理及び義兄の経営する清掃事業の手伝い等で日を過ごしていたこと、(三)被告徳弘は、被告公二の兄であり、同被告が高久商事を経営していた当時同被告とともに被告武藤のもとに同居していたが、昭和四五年二月末までは株式会社所沢電子計算センターに、同年三月から昭和四八年二月頃までは株式会社八王子情報センターに勤務し、その後現在まで近代建材株式会社に勤務するサラリーマンであり、被告公二の運送事業に関与、協力したり資金援助したことは皆無であり、まして被告柳田および同山本とは仕事上の関係がないのみならず一面識もないこと、(四)被告武藤も、被告公二の依頼をうけて被告車の自動車登録等の際に同被告に自己の名義を貸与し、自宅の一角を同被告の運送事業の事務所に利用させたものの、それ以上に右事業に関与したり、また、資金援助したことはなく、被告公二から被告車を売り渡すにつき相談を受けたことも承諾を求められたこともなく、更に、被告柳田の丸高興産と何ら関係がないのみならず、同被告及び被告山本と一面識もないことは被告徳弘と同様であること、以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  叙上認定の事実に徴すると、(一)被告徳弘が被告山本の使用者であつて、同被告が被告徳弘の事業を執行中本件事故を惹起したものとは到底認めることができず、原告ら挙示の全証拠によるもこれを認めることはできないから、被告徳弘には民法第七一五条第一項の規定に基づき本件事故により原告山田に生じた損害を賠償すべき責任はなく、(二)被告公二は、昭和四六年一二月半ば頃、被告車を被告柳田に売り渡して以降これを専ら同被告の使用に委ねており、本件事故に至るまで同被告の運送事業又は被告車の運行には一切関係していなかつたものであるから、右売渡しの時点において被告車についての運行支配及び運行利益を喪失したものと認めるのが相当であつて、本件事故当時、被告車を自己のため運行の用に供していた者ということはできず、他に被告公二が本件事故当時被告車を自己のため運行の用に供していたものと認めるに足りる証拠はないから(なお、証人高久公二の証言によると、被告公二は、本件事故の二、三か月後に被告車を被告柳田のもとから引き揚げ、半月位自己のもとに留置したのち、これを第三者に売却した事実を認めることができるが、同証人の証言によれば、これは被告柳田が被告車の売却代金を支払わないため、同被告の承諾を得て、被告車の交換価値を回収するためなした措置にすぎないことが認められるから、右の事実は、何ら上記認定を妨げるものではない。)、被告公二には、自賠法第三条の規定に基づき本件事故により原告山田に生じた損害を賠償すべき責任はなく、また、(三)被告武藤は、本件事故当時、被告車の自動車登録名義人であつたけれども、これは被告公二に名義を貸与したものであり、しかも同被告が被告車を被告柳田に売却して以降は、同被告とは被告武藤自身何ら仕事上の関係も面識もないのみならず被告公二も前示のとおり被告柳田の事業及び被告車の運行に関与していなかつたものであつて、被告武藤が被告車の運行を事実上支配管理することができたものとは到底認めることができないから、同被告は本件事故当時被告車を自己のため運行の用に供していた者ということはできず、他に本件事故当時被告武藤が被告車を運行の用に供していたものと認めるに足りる証拠はないから、被告武藤もまた自賠法第三条の規定に基づき本件事故により原告山田に生じた損害を賠償すべき責任はないものというべきである。

(原告山田の治療経過等)

五 被告高久徳弘らが成立を認めるにより被告山本及び同柳田との関係においても成立を是認すべき甲第四号証ないし第八号証、第一〇号証ないし第二七号証(同第五、第六号証及び第一〇号証ないし第二七号証については原本の存在も同様認められる。)、第二九号証の一ないし三、第三〇号証の一ないし九、第三一号証の一、二、第三二号証及び成立に争いのない乙第一号証の一九並びに原告山田仁親権者山田仁本人尋問の結果を総合すると、原告山田は、前記受傷により、昭和四七年五月二五日から昭和四八年四月五日まで(三一六日間)老人病研究所附属病院に入院し、なお、この間、同病院の担当医師の指示により、昭和四七年一一月二五日から同年一二月二四日まで実日数で七日間、高橋マツサージ療院に通院してマツサージ療法を受け、更に、昭和四八年四月六日から同年八月一日まで実日数で七四日間老人病研究所附属病院に通院し、この間七月二三日からは東京警察病院にも通院を開始し、同年一一月一五日から同月二七日まで(一三日間)同病院に入院して右下腿部の皮膚移植手術を受け、昭和四九年一一月三〇日まで実日数で一〇日間同病院に通院して治療を受けた結果、同日頃、右下腿部全面にわたる瘢痕、周径の約一センチメートル萎縮及び軽度の知覚鈍麻並びに右足関節部の瘢痕及び拘縮による屈曲・伸展制限の後遺障害を残して症状は固定し、現在、日常生活において歩行時には軽度に跛行し、走ると転倒しやすいなどの不便があること、以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(原告山田の損害)

六 そこで、以下原告山田の被つた損害額につき判断することとする。

1  治療費、入院雑費及び付添看護料

前項認定に供した各証拠(甲第四号証ないし第八号証、第三二号証及び乙第一号証の一九を除く。)に、証人高野進の証言及びこれにより成立の認められる甲第九号証を総合すると、原告山田は、前記認定の老人病研究所附属病院への入・通院治療費として金六三万四、一九〇円、東京警察病院への入・通院治療費として金一一万四、四六四円を下らない金額を、また、高橋マツサージ療院への通院治療費として金三、五〇〇円を要したこと、老人病研究所附属病院及び東京警察病院への前記入院期間中、氷代及び石けんなどの日用品購入費として一日当り金七〇〇円の支出を余儀なくされたほか、右全期間を通じて担当医師の指示により母親の山田加代子が付き添つて同原告の看護をし、更に、右各病院及び高橋マツサージ療院への各通院に際し山田加代子が付添介護をしたこと、右通院に際しバス・タクシー等を利用したが、このうち老人病研究所附属病院へのバス通院は一回当り金一六〇円を要したこと、以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。しかして、右治療中、老人病研究所附属病院分及び東京警察病院分の一部合計金七二万五、八七八円を原告組合が負担し、この限度で賠償請求権を代位取得したことは後記のとおりであるから、これを除いた原告山田の治療費(マツサージ治療費を含む。)損害額は金二万六、二七六円となり、また、原告山田の年齢、傷害の部位程度、入院期間等にかんがみると、入院雑費としては一日当り金四〇〇円で三二九日分金一三万一、六〇〇円をもつて本件事故と相当因果関係あるものと認めることができ、山田加代子による入院付添看護料(老人病研究所附属病院から高橋マツサージ療院への通院付添料を含む。)は一日当り金一、五〇〇円で三二九日分金四九万三、五〇〇円と評価するを相当とし、更に、前記治療経過、各病院への通院距離及び通院に要した交通費等にかんがみると、山田加代子による老人病研究所附属病院及び東京警察病院への通院付添料は一日当り金五〇〇円で八四日分(高橋マツサージ療院への通院付添は、原告山田の病状及び通院距離等からみて、老人病研究所附属病院入院中の付添看護料評価の際考慮すれば足りるものと認めるを相当とする。)金四万二、〇〇〇円と評価するを相当とする。以上によると、原告山田の治療費、入院雑費及び付添看護料の損害額は、合計金六九万三、三七六円となる。

2  逸失利益

前記認定の事実に前掲甲第三二号証及び弁論の全趣旨を総合すると、原告山田は、昭和四一年七月二二日生まれで、本件事故当時、五歳の健康男児であつたことが認められるところ、同原告の年齢、前記認定の後遺障害の部位、程度及び日常生活の状況にかんがみると、同原告は、本件事故によりその労働能力の一〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当であり、しかして、昭和四七年簡易生命表によると、同原告は、高校卒業時である一八歳から六七歳まで四九年間にわたり稼働可能であることが推認でき、当裁判所に顕著な昭和五〇年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計男子労働者全年齢平均賃金年額が金二三七万八〇〇円であることにかんがみれば、同原告は、本件事故に遭わなければ、前記四九年間毎年右金額を下らない年収を得ることができたものと推認するを相当とするから、同原告は、本件事故により、右稼働可能期間を通じて年間右年収額の一〇パーセント相当額である金二三万七、〇八〇円の得べかりし収入を喪失したものというべきであり、以上を基礎とし、ライプニツツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して同原告の逸失利益の後遺障害固定時における現価を算定すると金二六四万四、三九〇円となる。

3  慰藉料

原告山田が、本件事故により、精神的肉体的苦痛を被つたことは、叙上認定したところに照らし、明らかであるところ、原告の年齢並びに傷害の部位程度、入・通院期間及び後遺障害の内容その他本件口頭弁論に顕れた諸般の事情を総合すると、後記原告側の過失を斟酌しない場合の原告の前記苦痛に対する慰藉料としては、金三三五万円が相当である。

4  過失相殺及び損害のてん補

以上、原告山田の損害額(原告組合が代位取得した分を除く。)の合計額は、金六六八万七、七六六円となるが、上記認定に係る本件事故発生の状況に徴すると、本件事故発生については幼児である原告山田を監護者も付さずに本件道路付近に放置して遊ばせていた点で同原告の親権者にも監督義務の懈怠による過失があることは明らかであるから、これを被害者側の過失として損害賠償額を決するにつき斟酌することとし(これをなしえないとする原告らの主張は採用の限りでない。最高裁判所昭和四〇年(オ)第一〇五六号昭和四二年六月二七日第三小法廷判決参照)、過失相殺割合は二割とするのが相当であるから、同原告が被告山本及び同柳田に対し損害賠償を請求しうる額は金五三五万二一二円となるところ、同原告が本件事故に関し責任保険から保険金七五万円及び被告柳田から賠償金八万円の合計金八三万円を受領したことは同原告の自認するところであるから、これを前記金額から控除すると残額は金四五二万二一二円となる。

5  弁護士費用

原告山田仁親権者山田仁本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告山田は被告山本、同柳田が前記金員のほか任意支払に応じないため、本訴の提起、追行を原告ら訴訟代理人に委任し、着手金及び報酬として本訴請求金額の二割に当たる金員を支払う旨約したことが認められるが、本件の審理経過、事件の難易、同原告の前記損害額等にかんがみると、弁護士費用としては金四五万円をもつて本件事故と相当因果関係のある損害を認めるのが相当である。

(原告組合の請求)

七 前掲甲第九号証ないし第二七号証及び証人高野進の証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告組合は、原告山田仁親権者山田仁が加入する健康保険の保険者として、昭和五〇年の初め頃、仁の被扶養者である原告山田が本件事故による入・通院に要した治療費中、老人病研究所附属病院への入・通院治療費金六三万四、一九〇円及び東京警察病院への入・通院治療費の一部金九万一、六八八円の合計金七二万五、八七八円を家族療養費及び家族療養附加給付金の名目による保険給付として支出負担した事実を認めることができ、右認定に反する証拠はないから、原告組合は、健康保険法第六七条の規定に基づき、右金七二万五、八七八円につき原告山田が被告山本及び同柳田に対して有する損害賠償請求権を取得したものというべきところ、本件事故による原告山田の損害につき二割の過失相殺をするのが相当であることは前記のとおりであるから、原告組合は、右金額の八割に当たる金五八万七〇二円の限度で被告山本及び同柳田に対する請求権を取得したことになる。

なお、原告組合は、本訴の提起、追行に要した弁護士費用を請求するけれども、原告組合が本訴において請求する損害賠償は原告組合自身が本件事故により被つた損害に関してではなく、他に特段の事情の認められない本件においては、本件事故と原告組合の請求する弁護士費用との間に相当因果関係を認めることはできないから、この点に関する原告組合の請求は失当である。

(むすび)

八 以上の次第であるから、原告らの被告高久徳弘らに対する請求は、その余の点を判断するまでもなくいずれも理由がないから、失当として棄却すべく、原告山田の被告山本及び同柳田に対する請求は、右被告両名に対し、各自、六項4及び5の損害金合計金四九七万二一二円及びこれに対する本件事故発生の日の後である昭和五一年三月二七日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、また、原告組合の被告山本及び同柳田に対する請求は、右被告両名に対し、各自、前項の金五八万七〇二円及びこれに対する原告組合が右金額の金員を原告山田に対する保険給付として支出負担した日の後である昭和五一年三月二七日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条及び第九三条の規定を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武居二郎 島内乗統 信濃孝一)

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